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2012.08.02 Thu
南涼

死ネタ注意
幻.奏.歌

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ピアノの音を聴かなくなって久しい。
埃が積もらぬよう毎日布で磨いているグランドピアノの蓋を開ける。
鍵盤に触れようとして手を止めた。彼の面影を塗り潰すようで恐ろしかった。
下ろした蓋は重々しい音を立てながらわずかな空気を押し出す。
この行為を繰り返すようになって一ヶ月が過ぎる。

天気はよかった。


花の妖精なんじゃないかと思った。なんて言うとクサイどころではないが、一目で人間だと理解できないような危うさが彼にはあったのだ。
水仙がうんざりするほど植えられたその場所に無表情で立っていた。あの光景は一生忘れることができないんだと思う。
その白い花の別名、雪中花という名にふさわしい白い髪と白い雪だった。

「きみ、体の具合が悪いのかい。」

凝視していた俺に気付いたそいつが口を開く。まさか声をかけられるとは思わなかった。それにしたって具合が悪いとはどういうことだろう。俺から見ればそいつの方がよっぽど具合が悪そうだった。というか今にも死にそうだ。顔色が悪いとか、そういうんではなく。
頭に疑問符を浮かべる俺にそいつは再度口を開くことはなく、黙ってその指を俺の体に向けた。

「ああ。」

成程俺が着ていたものは病人御用達の入院服だった。
対して指を向けたままのそいつはYシャツにジーンズとラフな格好をしていた。確かにこれでは俺の方が完璧に病人に見える。
納得した俺は何も言わずにその場を去った。検査の時間を思い出した。

昨日あいつを見たのは病院の裏庭だ。庭というのも妙かもしれない。ただただ草花が茂っているだけで手入れがされているとは思えない。
それでも、あの水仙は綺麗だった。今日も行けば会えるのだろうか。ああ、まだ名前も聞いていないんだ。
まずはそれを聞くべきなんだろう。そう考えながら昨日と同じ場所へ出る。期待した姿はそこにはなかった。
「いねーのかな」水仙の群れに足を踏み入れる。昨日あいつが立っていた場所まで。
水仙に囲まれてみると虫の音がよく響いた。これはなんの虫だろう。
虫の音に混ざって他の音が聞こえてくる。ピアノだ。どこから。

「あ、窓。ここ、ピアノ弾ける場所なんてあったか」

もう覗くしかないだろう。多少の期待がなかったとは言えない。寧ろ多大な期待を寄せていたのかもしれない。
「嘘だろ。もう虜じゃねぇか」一つ呟き見つけた窓に手を添える。なんとか見えそうだ。ピアノの音が大きくなる。

「あ。」
「あ、」

目が合った。

「上がっておいでよ。」薄い笑顔で言われそれに従う。大きく周って入り口を見つけた。窓から入った方が早かったと後悔した。
外から見た部屋に入るとピアノの音が鳴った。聞いたことのない曲だったが耳に残る。嫌いじゃない。
「何か弾ける楽器はあるかい」鍵盤に指を乗せたまま問われ部屋を見渡す。
目に入ったのは少し埃を被ったヴァイオリンだった。
それを手に取ると、「誰かの忘れ物さ」と声が投げられた。軽く構えて弓を引く。
先程の彼の音を思い出しながら弾けば、彼は目を丸くしてピアノの音を乗せてきた。
音を合わせるのがこんなに気持ち良いのは初めてだった。

「あんたはここの入院患者か」

俺の問いを皮切りに色々なことを話した。花の妖精は涼野風介と言うらしく、どうやら入院患者ではないようだ。そして妖精と言うにはあまりにも可愛くない性格をしている。
初めて見た時に感じた神聖さなど微塵も感じさせない表情で風介はピアノを弾き、俺もべらべらと喋りながらそれに音を乗せた。
検査の時間を思い出した俺は、風介から「君のヴァイオリンと私のピアノは相性がいいらしいね」という有難い言葉を頂戴しその場を後にした。
ああ、もう、本当にただの虜ではないか。あの時間を思えば、嫌いな看護婦の顔も愛嬌があるように見えた。

風介は週に4日ほどこの施設に訪れる学生らしい。いたって健康な体の彼が何をしに来るのかと、そう尋ねてみれば風介は「これさ。」とピアノをつついた。
お気に入りらしい緩やかな曲を弾きながらゆっくりと口を動かす。

「音楽療法というのも治療の一種でね。病人の暇な時間を潰すために一役買っているというわけさ。ホールなんかでよく弾かせてもらっているよ」

もう一年になるかな。と横目で視線を貰いながら言われ、ぐっと詰まる。
そんなに長い間、俺は風介と出会う機会を逃し続けていたというのか。酷い話だ。
よければ君も一緒にホールでやるかい。今度はしっかりこちらに顔を向けて言われた。

「俺ぁあんたと弾くのも好きだが、あんたの音の群れに囲まれてる方が好きかもしんねぇ。から断る」
「詩人だね、君は」

おかしそうに笑われて少しムッとしたが、気分は悪くなかった。
そんな日が何日も続いた。
椿が咲いた。


「君、とてもよく似合うね。椿の花」
「そりゃどうも。まぁ当然だけどな」

雪のどっさり降った日に庭に出た。椿がそこら中に咲いて一面真っ赤だ。この景色は好きではない。
窓から顔を出した風介が頬杖をついて笑う。水仙はまだ元気だ。
元々古いものであったヴァイオリンが更に傷んで、そろそろ弦が切れようかという頃だった。
風介の顔色があまり良くないのが気になって思わず口を開く。

「お前どっか悪くしてるんじゃないのか」
「病院に足しげく通う人間に向ける言葉かい」
「顔色悪いんだよ。検診受けていけ」
「大袈裟だなぁ。体調の優れない日くらい誰にでもあるさ」

医師と少し話をして、数日風介はここに来ないことになった。体を休めた方がいいらしい。ただの風邪と聞いた。安心した。
診断を下された途端に頭が痛いだのなんだのとうるさい風介を送り出す。

「なぁ、気をつけて帰れよ」

別に嫌な予感とか、そんなものは全くしていなかった。
ただ、ただ気をつけて。と。


数日、ここには来ないと言ったのに。
なぁ風介。
冷てぇよ。

「車が突っ込んだそうだ。足元が危ないほど体調を崩していたわけではなかったが、反応が遅れたんだろう。逃げられなかったと」

施設に運ばれて来た風介は微かな呼吸すらしておらず、閉じた瞼が動くこともなかった。
指はろくに残っていなかった。

「俺のヴァイオリンなんて、お前のピアノがなきゃ聴けたもんじゃねぇよ」

ここ一ヶ月、毎日のように布で磨き続けているグランドピアノに手を伸ばす。
あの音は自分には出せない。悔しくてボロボロのヴァイオリンを構えた。
ずっと聴いてきた彼のお気に入りを思い出す。緩やかな曲だ。譜面を確かめたこともない旋律を記憶だけでまさぐる。
外の水仙はほとんど枯れていた。椿だけが元気だ。その赤が憎たらしい。
椿が元気でなかったことなんてなかった。その首が落ちれば上に雪が積もる。それが溶ける頃には赤なんてどこにも見当たらない。枯れた姿なんて見たことがない。憎たらしい。
落ちてしまえばいい。とっとと。こんな真っ赤な首なんて。

「なぁ、もうありゃしねぇもんな。意味なんて」

曲が終わりに近づく。弓を止めようとした瞬間に別の音がしたようだった。時間が止まったようだった。
自分以外の音が乗ってくる。冷や汗が出た。背後のピアノから聞こえた気がした。冗談だろう。
最後の一音を弾くことすら待ちきれない。我慢ができない。
振り返った。

「なんで」

閉じられたはずの蓋が開いていた。
一つだけ音が鳴った。曲が終わってしまう。

「ふうすけ」

ヴァイオリンにピアノの音を乗せていた人物はどう見ても風介そのもので、うっすらと笑って鍵盤に置いた指を滑らせた。
消えてしまうんだろうと。振り向けばきっと消えてしまうんだろうと思ったんだ。だってそういうもんだろう。
それでも振り向かずにいられなくて。だというのに、
どうして立っているんだ。どうして目の前にいるんだ。

「ふうすけ・・・?」

どうしてまだ、俺の目の前にいるんだ。
思わず手を伸ばす。

「君と、」

君と弾くのは、気持ちが良かったからね。
それはいつかに言われた言葉だった。
なんで、

「なんで」

どうして

「手ェ伸ばすまで待つなんて・・・意地が悪いなんてもんじゃねぇぞ・・・」

手を伸ばせばそこには誰もいなかった。

性格が悪い。最低だ。最後まで可愛くない。
あいつは俺が悲しむのが楽しいんだろう。だって普通、待つか。振り向いた時点で消えるもんだろそんなん。
馬鹿野郎と大声で罵れば瞳からも怒りが零れ落ちる。床にまで落ちてばたばたと鳴った。
それだけでどれほどの時間が過ぎたのかわからない。外が明るい。
天気はよかった。

雪は、そろそろ溶け出す頃だった。

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【sm17574925】

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