梅雨。
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梅雨になる。梅雨が来るんだ。
雨の道を歩きながら手に持った傘を見上げる。
じめじめするのは好きではない。ただ暑い方がまだましだ。
傘を緩く揺らしながら自宅にたどり着く。
「おいおい」
嘘だろ。
家の前の道路に何かが落ちている。いや、人が倒れている。
行き倒れだろうか。勘弁してほしい。
恐る恐る近づくと見知った顔がびしょびしょに濡れていた。
「おい、」
風介。
何故か自宅前の道路で雨に濡れて倒れている同居人に声をかける。返事はない。
家に担ぎいれるか、放っておくか。その二択で揺れに揺れ、結局びしょ濡れのその体を引っ張り上げた。
ああ、折角濡れずにここまで帰ってきたというのに。
「風介。ふう。起きてんのか。起きてんだろ。起きろ」
家に入り、タオルを取り出し、彼と自分の体を拭いて一息。ぺちりと頬を叩いた。
鼻から抜けるような声を出して起き上がる彼は赤黒いソファの背に頬をぺとりと貼り付けて遠くを見つめる。寝惚けているのだろうな。そう思い鼻をつまんだ。
「ぶえっ」とブサイクな声が聞こえたが構わず続ける。「何してたの」優しい口調に気だるい声で問えばようやくこちらを見るミントブルーの瞳。
何を聞かれているのかわからないのだろうな。そう思いつまんだ鼻から手を離した。
ずびずびと鼻を啜りながら風介は一言「寝てた。」と言った。馬鹿野郎そんなもんで納得するか。
「何で雨の中外で寝てるんだよ。あんた担ぎ入れるの大変だったんだぞ。重いし」
「あまり失礼なことを言わないでくれ。私は平均だ。眠かったんだから仕方がないだろう」
「どう考えても平均以上だろ自分の筋肉見返してみろアホか。ベッドで寝ろよ」
「気持ち良かったから」
「何が」
「雨が」
ボケッと放たれたその言葉に無性にイラついて風介の両頬を引っ張る。
何が不満なのかと見上げる瞳が憎たらしい。「雨の中道に寝そべってると溺れっちまうぞ」頬から手を離さずに言えば「海じゃあるまいし」と笑いながら返された。こいつわかって言ってるな。
「耳や鼻や口から雨水が入っちまうだろ、って」
頬から手を離しその指で風介の額を突く。「あ、」風介はバタリとソファの上に倒れた。毎回思うが、色素の薄い髪を持つ彼がこの赤黒いソファに横たわる姿はいい。なんだか、とても。
「溺れるなら、それはそれで。」楽しそうに言うから、その腹の上にのっしりと乗ってやった。「重い。」そう声が上がるが聞こえないふりをする。失礼な。俺は平均だ。
「雨だな」
「雨だね」
「映画でも見るか」
「無いよ」
「借りに行くか」
「面倒だよ」
「寝るか」
「それがいい」
風介の上に体を横たえると再度重いと言われたが、背中に回された腕に答える気を失くした。
寝るなら冷たい道路でなく、温かい俺のいる隣にしろよ。口には出さず、無言で風介の耳に口付ける。
返事のキスは無く一言「重い」と返された。