バンガゼ
バンガゼだよ
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嵐が来るそうだ。
バーンの姿がどこにも見えない。明日の試合の話をせねばならない。残る探し場所が彼の部屋のみとなったので足を運んだ。
ガゼルは扉の前で暫くじっとしていた。視線は扉から外さない。この向こうにバーンがいるはずだ。
部屋に入らないのには理由があり、匂いが漂っているのだ。扉から漏れ出しているのかはわからないが。
「はなくさい・・・」
一言零し、意を決して扉の開閉スイッチに手を伸ばす。どうかこの匂いの元凶がこの扉の先にいませんように。願いは無惨だ。
扉が開いた瞬間に噎せ返るような花の香り。これは薔薇だろうか。
ガゼルは吸い込んだ匂いが体内で花弁になり胸を埋めていくような気分になる。錯覚だ。胸が詰まる。
花弁を吸い込まないように息を細くして進む。気のせいだが匂いに色がついて見え始めた。赤と桃の間。
少し進むとバーンのベッドが見えた。そう広くも無い部屋でここまで距離を感じるとは思わずガゼルは息を吐く。
ベッドを見下ろすとそこには
「・・・・君は、お姫様か何かなのかい」
ベッドが真っ赤になる程敷き詰められた薔薇の中心で寝息をたてるバーンがいた。
あまりに静かな光景に思わず我が目を疑う。ここは先程まで自分がいた場所とは切り離された空間なのではないかとガゼルは思う。だってあまりにも違いすぎる。外の天気は大荒れで、雷なんてドカドカ落ちているというのに。
どこかの国の王女然として眠るバーンに呆れたような目を向けてガゼルは膝を折る。一体どこからこれだけの薔薇を持ってきたのだろうか。
これらを持ち込み敷き詰め、そしてその中心に寝転ぶバーンの姿を想像して何だか笑えてくる。それは是非見てみたかったなとこぼれたガゼルの笑い声に刺激されてか、バーンの眉がピクリと動いた。
声をかけようと口を開いたガゼルの目にバーンの口元が映る。薄く開いた。唇の動きを目で追う。今、何と
お や く そ く 。
そう刻んだように見えて、意味を理解したガゼルは小さく溜息をつきながら体を起こす。
「お約束、ね」仕方がないなと言うようにガゼルの上半身がバーンの体に乗り上げる。
閉められたカーテンの向こうに光が落ちた。