南涼
ガラ.ク.タのエ.レ.ジー
-----
「眠り姫だなんて、いいご身分だよなぁ」
ギラつく歯を見せながら漏らした言葉ははたして耳に入っただろうか。
部屋の壁が青い。
何故だったかは足元に転がるペンキの缶を見て思い出した。空だ。使い切ってしまったようだ。
いつの間にか手に握っていた刷毛を放り投げる。この部屋が扉の外とは隔離された空間であるとはただの妄想であり、ありもしない事実である。
そうした設定の下、飛び散ったペンキで所々汚く青いベッドに転がる。青とは精神安定の色。だと聞いた。きっと頭の中まで綺麗にしてくれるのだろう。求めるのは安眠であった。
目を閉じ、シーツを引き寄せる。眠れる。
部屋の中を歩き回る。部屋の壁は白い。赤いものを探して何度も部屋の中を巡る。探し物は見つからない。探し物は、探されていることを知りはしない。
これは不毛極まりない行為だと気付いた。ならばとるべき行動は一つで、歩くのをやめた。声が聞こえる。赤いものは見当たらない。声は聞き取れない。部屋の壁を塗り替えなければならないと思った。
ついさっき刷毛を放ったことを思い出した。これはいつの話だろうか。
目は覚めない。
「おやすみ」と聞こえて涙がこぼれた。理由はわからない。部屋の壁は青くない。足元に転がるペンキの缶は白かった。これはいつのことだったか。転がっている刷毛には青いペンキがこびりついていて異様だった。
涙は止まらない。頬に濡れた感触はなかった。口を塞がれているような気がする。目の前には誰もいない。赤いものはどこにもない。
息が止まったように感じた。口に手を当てるが何もない。苦しくなった。涙がこぼれた。何も思い出せないのかもしれない。赤いものは笑う気がする。
覚えている。
覚えている。
出来上がった世界を蹴倒して歩いたのは何であったのか。これはなんだ。これはどこだ。壁は何色だ。壁は無い。壁が無い。ここは部屋ではない。ベッドでもない。
ベッドはどこだろう。ベッドで寝た記憶がある。ベッドで起きた記憶がない。「眠り姫は一度眠ればあとは死ぬだけ」言った気がする。赤かった。
やりなおそう。蹴倒した世界を再構築するために刷毛を手に取った。ペンキはついていなかった。ペンキを探さなくてはならない。
次は赤にしよう。
手を握られた感覚があった。
眩暈がした。赤かった。
吐き気がした。思い出す。
赤いものは笑った。言葉を置いた。
おはよう。
壁は見つからなかった。
ベッドの上で気だるげに上半身を起こしている。
夢から覚めているようには見えなかった。
知ってるか。青い部屋に人間を閉じ込めたら気が狂ってしまうんだ。
握っていた手を離す。言った。
風介。
「おはよう」
--------
【sm/17112906】