のぼせるガゼルさん。電波。
視界を埋め尽くす水蒸気。正確に言えばこれは水の粒でありつまるところ湯気なわけだが。
半目でそのような考え事をしてどれほどの時間が経っただろう。気付けば全身汗だくだった。ああ、折角
様々な言葉が頭の中を行き来し、段々と身体が疲れてくる。それはこの風呂場の扉が開くまで続いてしまった。
「風呂に入るのが好きなわけではない。むしろ入るのは面倒臭い。しかし一度入ってしまうと今度は出るのが面倒臭くなってしまう」
後にそう言い訳をしてみたが頭をはたかれて終わった。
その流れを踏まえてだが、もう40分ほど湯に浸かっている。理由は簡単で、出るのが面倒なのだ。また怒られるのだろうか。
しかし脳内を巡る言葉は止まることを知らず私の体が動くことを良しとしない。
さて彼の赤。それは私の好きなものであるわけだが。片や私のイメージカラーといえば青である。
赤と青は反対の色であるという認識だがそれゆえか組まされることも多い。
となると二つは対なのかそれとも、
ふと思ったのだがもしかすると私はのぼせているのではないだろうか。
気付くと意識に霞がかかり、心臓は早鐘を打っていた。
そろそろ出るべきか。体を起こしてバスタブに手をつく。腕に力を入れるが酷く億劫だ。
くらくらする。スポーツの後のそれとは違う、心臓に負担をかけているような感覚。なるほど酷く不快ではあった。これはいけない。
ここで先日のように、この扉が開いたとしたら。
「ボケッとしてんなよ。」
聞こえたのはそれだけであった。
息を一つ、大きく吸った。
視界どころか私の頭の中まで埋め尽くしていた湯気が晴れていく。気付けば全身に感じるのはシーツの感触。つまりここは風呂ではない。
瞬間、額にべちりと当てられたのは恐らく手だったのだろう。結構な勢いだったぞ。文句を言うべく開かれた私の口が言葉を紡ぐことはなかった。
近い。
とても近い。
目の前でチカチカとその存在を主張する黄金に思わず開いた口を閉じた。
「お前覚えてっか。のぼせたの。」そんな至近距離で半目になられてしまっては、だめだ、ドキドキしてしまう。などとニヤけた顔のまま「なんとなく。」とだけ答えるとそのまま頭突きをくらった。
「痛い。」
「ふざけんな前にも言っただろ。長風呂すんなって。わざわざ体拭いて服着せるのがどれだけ大変だったと思ってんだ」
「バーン、ホットミルクが飲みたい」
「おい、」
頭突きを一つ、ゴチリと音をたてて返すとバーンの唇が吐息だけを残して閉じる。「ホットミルク。」ともう一度呟くと彼は顔を顰めて立ち上がる。ご丁寧に舌打ち付きだ。
カップを取りに向かいながら、何故風呂にこれだけの時間がかかったのかと聞かれた。
どう説明したものかと思案していると目の前に湯気をたてた白いマグカップが突き出される。
眼球から体内に吸い込まれてしまったかのように、その白い水の粒が頭の中に靄を撒いた。そう、赤と青の、関係についてだったはずだが、
「私はやはり、赤と金の組み合わせが一番好きだと思うんだ。」
視界に白い湯気と首を傾げるバーンを納めた私は大変に満足していた。