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「落とし物だよ」
朝から勘弁してくれ
何事もなかったかのように昨日までと同じ朝が来て、昨日までと同じ時間に学校に着いた。
昨日までと違うのは俺の心理状態と、あとは目の前にいる初めて言葉を交わす男。
わざわざ教室に現れた、自分とは種類の違う赤にげんなりした。
差し出された消しゴムを受け取りながら相手の顔をまじまじと見る。イケメンだなんだと女子が騒いでいる隣のクラスの基山くん。
これだけ顔を凝視されても平然としている基山になるほどイケメンではあると納得して踵を返した。
「あれ?ちょっとちょっと」
「何だよ」
「まさか無言で通すつもりだった?何かあるでしょ」
「・・・こんな消しゴム一つわざわざ届けてくれてどうもありがとうございました」
「君、俺がわざわざ消しゴム届けるためだけに来たと思ってるの?」
面倒くさい。この男イケメンではあるが面倒臭い。少しの会話でもう印象が決まってしまった。女子どもこいつはやめておいた方がいい。
「他に何かあるのか」とだけ聞けばニヤニヤしながら口を閉じた。あくまでも俺に言わせる気か。
こいつが俺にちょっかいをかけた原因はわかっている。他ならぬ涼野のことだ。
「本性見せてよ、涼野くん」
昨日こいつは確かにそう言っていた。
それもわざわざ涼野を放課後の空き教室に呼び出して、だ。人がくるとか思わないのだろうか。俺とか。そう例えば俺とか。
そして運の悪い俺はそんな現場に出くわしてしまい、思わず消しゴムを落としてそのまま昇降口目指して足早に逃げた。
消しゴムを落とした時点で空き教室の中の涼野と基山はこちらを見ていたので、俺は二人分の視線を背中に乗せながら歩いたわけだ。
その時のことで何かしらの反応がほしいのだろうこいつは。
「生憎だが俺はあいつにもお前にも関わるつもりは無い。」
「涼野くんさぁ」
喋り続ける基山を無視して自分の席に足を進める。
こいつは人のいるところでそういった他人の秘密とかいうギリギリなことを話すのが好きなのだろうか。
「君には見せてるんでしょう?中身。」
その言葉を頭のどこかに引っ掛けて俺は椅子を引いた
「何の話だかわからないね」
大変不本意ではあるが行動を起こした。が、やはりそれは間違いだったかもしれない。
関わらないんじゃなかったのか。数分前の自分に言葉を投げかけるも今となってはそれも無意味だ。
あくまですっとぼけるつもりか目の前の二重人格は。
基山の言葉がどうにも気になって、嫌々ながらも涼野の席に足を進めたのだがこのザマだ。
普段の笑顔を崩さずに俺を見据える涼野は相変わらず気持ち悪いと思う。
「基山が言ってたんだよ。」
「ん?何をだい?」
「その気持ち悪い対応やめねぇ?」
「なんなら外に出るかい?」
「あん?」
あくまでクラスメイトには猫見せたままってか。
基山にはどうなんだよ。
なぁ、涼野
HRも始まろうかという時間だが、俺は上靴でグラウンドの土を踏んでいた。
もちろん涼野も一緒だが、奴はいつの間にやらご丁寧に靴をはいている。優等生くんは大変だな。いや、苦労なんて感じていないだろうか。
人気の無い所、といってもこの時間だ、外に人気があるはずがないのだが。校舎の影になった場所で足を止めた。
「で?」と切り出せば涼野はいつも通りの顔で目を合わせてくる。
「君は何が聞きたいんだったかな。南雲くん」
「気持ち悪ぃってんだろ。なんのためにここまで来たと思ってんだ」
「基山に何を言われたんだい南雲」
「いきなり出されると怖ぇんだよそれ」
何で顔まで変わるんだか。
「注文の多いことだ。いいからとっとと話しなよ。私にHRまでサボらせて」
「外に出るかっつったのはてめぇだろ。」
「ふ、担任には保健室に行っていたとでも言っておくが。君と居たとは思われたくないな」
「で、だ。お前昨日基山と話してたろ。それを聞かせろ」
「貴様に教える義理があるか」
見も蓋もねぇ。がしかし正論だ。
ただどうしても気にかかる。基山の言ったことを考えると、こいつは見せてねぇんだ基山には。
「貴様は私がホイホイ他人に素を晒すとでも思っているのか」
「俺にはホイホイ見せただろ。基山には見せなかったのか」
「基山にはすっとぼけておいたよ。南雲、貴様に晒したのは」
そこまで言って涼野は口を閉じた。少ししてフッと口元を緩め
「何故だろうな」
それだけ言った。